苦しい体験から来る被害者意識を手放そう

死別をした時、私は世界と自分自身が分断されたような感覚になり、苦しい一人の世界にいるようなそんな気持ちでした。そして被害者意識が最高潮に達していてナーバスになっていました。

世界中の人が幸せに見えたし、誰もこの苦しみを分かってくれないと思い、肥大化した被害者意識があったため、誰かが何か自分にかけた言葉を深読みして配慮がないと思ったり、人の気持ちを逆なでしてると思ったり、いろんな思いが渦巻いていました。とにかくいろんな人が敵に見えたんです。そして自分がかわいそうだと感じていました。

きっと同じような体験をしたという方もいるのではないでしょうか。

でも、死別で感じたネガティブな感情を統合して手放して視点が上がってくると色んなものが見えてきました。

配慮がないと感じた人がいても、傷ついたと感じる言葉を投げかけた人がいても、その人自身に悪気があるわけじゃなかったり、その人がその時いる意識の次元からはその人もそうするしかなかったというような深い理解が湧いてきました。

それは良い悪いを越えた視点です。いろんな人に対して、良い悪いと言うより、ただその人はそうだったんだ、というシンプルな理解です。

本当は世界はものすごくシンプルだったんです。全ては良い悪いもなにもなくただそうあるだけでした。

だから、今は死別の苦しい体験について誰かに何か言われたとしても、その言葉によって自分が一喜一憂して影響を受けるという次元を抜けました

嬉しいことを言われたとしても、悲しいことを言われたとしても、あなたはそう思うんだね、というそれ以上でもそれ以下でもないただありのままに受け止めるというようなそういう視点が出てきました。もちろん、優しい言葉は嬉しいです。でも、それですらただ中立な出来事の一つです。

だから、死別やその他の苦しい体験は、触れられると痛む弱点になるわけじゃないんです。

むしろ、視点が上がっていくと、自分が体験したすごく苦しい出来事を通して大きく視野が広がった自分に必ず気付きます。苦しい体験は、触れられると痛い弱点になるのではなくて、すごく強くなれます。

そして人の優しさや愛が一つ高い視点からもっとよくわかるようになってきます。

優しさや愛ですら、視点を上げなければそれがどれほど大きいものかというのが分からなかったりします。

視点が上がって初めて気づけることが沢山あるんだと言うことが分かると、まだ低い視点(次元)にいるなと感じる人がいた時に(低い視点が悪いわけではないです)、その人はその視点にいるんだからそうなんだな、と理解が湧いてきます。「なぜ配慮がないの!」と本気で怒ったりしなくなります。もうその次元にはいないのでその人から影響を受けなくなるんです。

苦しい体験は、それを苦しいままにしておくのではなく、統合して手放すことでレベルアップできるビッグチャンスなんです。

そして自分がレベルアップするためにあえてハイヤーセルフが設定している課題です。