非二元の悟りとスピリチュアルの目醒めは違う

非二元の悟りとスピリチュアルの目醒めの違い

悟りや目醒めの定義について私はスピリチュアルな目醒めと非二元で言う悟りをごっちゃに考えていたことに気付きました。←今更って感じですが・・・・😅

悟りや目醒めの定義は人によって違い、色んな言い方がされているのですが、私が今思う悟りというのは非二元で言われている悟りです。

非二元 (詳しくはこちら→非二元(ノンデュアリティ)って一体なに? )で言う悟りが私が目指しているものです(目指すと悟りは遠ざかるというパラドックスがありますが😅、でも意図を投げるってことがまず大事と思ってます😁)。

非二元の悟りは私とか他の人とか存在せず本当は自分が全体だったと腑に落ちるというようなイメージです。あくまで私は悟ってないので解釈ですが・・・。非二元に興味がある方は実際の覚者の本を読むことをお勧めします。

一方でスピリチュアルな目覚めは視点が上がって行って物事が中立に見えるようになって行くことであったり、ハイヤーセルフのような次元の高い視点で物事を見られるようになることを指すことが多いです。

悟りにあまり興味のない場合は何のことだか意味が分からないと思いますが、非二元の悟りとスピリチュアルな目覚めが私の中でごっちゃになっていたところがあったので、私は別のものだ思っていると言いたくて書きました。特に興味の無い方は、スルーして頂ければ・・・・と思います😊

スピリチュアルは苦しみを癒す助けになる

私がこのブログで取り上げるのはスピリチュアルなお話です。非二元の悟りというのは実際に体験しなければ真実を語ることはできないので、このブログではそういった話はとくにしません。また、非二元の悟りは特定の苦しみをすぐに取り去るために直接的に役立つものではありません。そもそも非二元の悟りに到達する特定の方法もありません。

このブログでは死別など苦しい体験をどのように乗り越えるかということをスピリチュアルの視点で語っています。スピリチュアルは実際に苦しみを取り去るアプローチができるからです。

非二元の悟りとスピリチュアルの目覚めは別ものだ、ということだけを言いたくて書きました!あくまで私の見解です😀

非二元の悟りとスピリチュアルの目覚めを同じものだと思っている方も多いと思いますし、YouTubeなどでもスピリチュアルな目覚めを悟りとして発信している方はとても多いので、人によって見解が分かれるかもしれません。

どれが正しいとかどれが間違いという話ではなく、私の個人的な見解を書いておこうと思い、今日はこの記事を書きました。

また、記事のカテゴリ名に「目醒め・悟り」というものがありましたが、これは「目醒め」に変更します。

↓こちらの本は非二元の本です。