思考が苦しみの根源
このブログでは何度もお話していますが「思考」が全ての苦しみの原因なんです❗
思考は人間が作り上げた架空の概念によって構成されています。(詳しくはこちら→この世界は空想でできている!?苦しみが生まれる理由はここにあった💡)
真実はただ在るがままあなたが五感で感じることがです。(詳しくはこちら→常識は牢獄)
そして思考という名の架空の概念やストーリーが真実じゃないと知りながら生きると苦しみが手放されて行くんです。
それは一体どうしたらいいのか、ということですが思考に気付くことが第一歩。
なぜ気付く必要があるかというと、思考が真実だと思い込んでいるということは思考と一体化している状態なので、思考に気付くだけで思考との一体化から抜けられるからです。
気付きと思考に入り込むこととの違い
今日の記事で一番書きたかったことはズバリ「気付きと思考に入り込むこととの違い」です。
思考に気付くことが大事だとまず書きましたが、それでは何をもって思考に気付いていると言えるのでしょうか?
たとえば死別に関する苦しい感情を例に挙げます。
私のケースだと、たとえば「あの時(夫が病気で苦しんでいた時)本当に心が落ち着くような優しい言葉をかけてあげることができなかった」などと浮かんで来たことがありました。胸を締め付けるような苦しい感覚とともに。
その時私がするのは、「自分はそういう感覚を持っていたんだ」とただありのままに認める、気付く、という事だけです。思考を信じてその内容に入り込んでいきません。ただそのような思考が湧いている事実を認めるだけです。どんな思考であっても真実ではないのでそれについて分析したり考えたりしません。
そして思考とともに胸を締め付ける感情が上がってきたとしても、ただ気付くだけで数分後には全く普通の状態になっており場合によっては具体的な内容もすっかり忘れるということもあります。そのくらいすぐに消えて行きます。だからそこに苦しみは無いんです。
だけど苦しみを長く引きずってしまうケースでは、このような苦しい思考と感覚が上がって来た時に
「自分はどうして優しい言葉をもっとかけなかったんだろう」
「一生自分は幸せになる資格が無い」「どうしたらこの罪を償えるだろう」
「どうしたらこの苦しみから自由になれるだろう」
「そういえばあの時だって自分はこうだった」・・・・云々。
というようにどんどん思考が連鎖して湧いてきて思考のループに無意識に入っていきます。これは思考が真実だと思い込んでいる状態です。
思考に入り込むことさえ止めれば死別のような大きな苦しみであってももう長続きさせることができなくなるんです。
思考に燃料を与えなければ苦しみは自然と終わるしかないからです。思考が苦しみの原因だから。