私たちは肉体だけの存在じゃないと腑に落とすと死別の苦しみが緩み出す

私たちは肉体だけの存在なのか!?

もしも私たちが本当に肉体だけの存在で、肉体が朽ち果てたら意識も完全に消え去ってしまうのだとしたら、死と言うのはそれはもう恐ろしいものだと感じるのは当然ですね💦 何が何でも死んでなるものか!ってなっちゃうかも・・・。私はそうなっていました。夫が死にそうになった時何が何でも死なせるものか🔥🔥🔥ってなっていたんです😅

だけどどう考えても私たちは肉体だけの存在じゃないんです❗

まず、眠っている間にも私たちは夢を見て夢の中で現実のような体験をしています。夢の中で物理的な肉体を使わずに物を見たり、食べたり、触ったり、五感の感覚を通した体験をしています。

もし私たちが肉体だけの存在であるなら、なぜ夢の中でこの肉体を一切使わずに現実であるかのような五感を通した体験をありありとできるのでしょうか❓

私たちは肉体ではなく、意識そのものだからなのではないでしょうか。

脳の機能が停止したら全ては終わるのでしょうか?そうではないことが数々の臨死体験の報告から分かります。「プルーフオブヘブン」という本を書いた脳神経外科医の臨死体験によると、脳の機能が停止していたにも関わらずその間に自分の病室を見舞っていた人が見えていたという体験をしています→おすすめの本の一覧で紹介しています。

たとえ脳の機能が停止していてもこの意識は消えてなくならないという事が分かります。

臨死体験のエピソードは沢山あるため、これはもう否定できない事実です。肉体が死んだ状態を経験しても意識がはっきりしているという証言が沢山あるわけです。

だからね、この肉体の終わりが私たちのそして失った大切な人の終わりでは決してないということ。

この生は永遠の旅の一ページだということ。

思考の創り出す架空のストーリーから自由になろう

だから安心して悲しいとか寂しいとかそんな気持ちをポンポン手放していけばいいだけなんです。

永遠の命なのに死ぬという体験をしているだけ。悲しいとか寂しいとかいうストーリーを体験してるだけ。

全部はある意味ゲームの設定みたいなものに感じます。単なる設定なんです。ゲームのキャラクターが死んでもプレイヤーは絶対に死にません。だけどプレイヤーはキャラクターを通して死ぬという経験ができます。しかしこのような設定であることを完璧に忘れ去ってしまうから苦しみから抜けられなくなってしまう。

もしも死が全ての終わりで悲しいとか寂しいとかいうストーリーが絶対的な真実であるならなぜ手放すことができるの?ということになってしまう。真実は揺るがないから手放せるはずがないんです。でも手放せてしまうんです。そして手放した時にそれ(死別によるあらゆる苦しみ)が真実ではなかったんだとはっきりと腑に落ちるんです。

たんなる思考というストーリーに苦しんでいただけだったのだという事がその時明らかになるんです。

何をどう考えても肉体じゃないんです、私たちは。それを越えた存在です🌈🌈

もしも、1000歩譲って、いざ死んだときに完全に意識も記憶も消え去って肉体とともにあなたが朽ち果てたとする。そうだとしてももうそこには苦しむことのできるあなた自体が存在しないわけです。あなたは苦しまないんです。どっちに転んでもなんの問題もないわけです。だったら永遠の命なんだとただ信じて生きてみる事であなたが損することは一つも無いわけだから、信じたもん勝ちですね。

でもあなたは肉体が朽ち果てても死なないですけどね・・・・😉

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