死別を深刻に捉える必要が無い!?

死別に深刻さはいらない

最近友達と話していた時に、昔のことを思い返すと、「過去なんであんなことにこだわってたんだろう❓」って思うことが沢山あるよねって話題になりました。

過去を振り返った時、沢山の経験をしてきた今になってみると過去のいろんな場面で、これじゃなきゃいけないんだ、こうじゃなきゃいけないんだというように、何かの出来事や物事などに執着してしまった事に対して、本当に些細なことにこだわっていたなと思えることって沢山あると思います。

時間がたって後になると些細なことだったなと思えるのだということは人生の中で学ぶものですが、死別となると別だという風に私は当初思いました。

だけど死別も全く同じでした。死というものを軽んじるとかそういう意味では全くありません。そうではなく、死別であろうと、仕事の失敗であろうと、なんだろうと全ての出来事は本来実は中立で大きい小さい、正しい間違い、重要、重要でないという区別は無いということです。

死別は特別に深刻にならなくてはいけない一大事ではありません。死別という事実に対して、沢山の重たい感情を感じていたとしても、それでもなお深刻になる必要がないのです。

それが悲しい死のように見えても、悲しい別れのように見えても、沢山の後悔があったとしても・・・。どんな場合であっても例外がありません

何かを区別するなら、それはもう真実ではないんです。真実ではなく人間の観念です。人間の観念は作られたものであって真実ではありません。

死別の苦しみや深刻さを軽やかに手放して、その先へと進んで行くことは故人を忘れることでも、軽んじることでもなく、故人とむしろ深く強くつながって行くことです。

故人が決めて来た寿命を受け入れ、そして故人の人生を100%認めて祝福したのなら故人とがっちりと繋がることができます。

今この瞬間にしか故人とつながることはできません!

何かを深刻にとらえ、苦しみの中にいる時、人は今この瞬間にはいません。今この瞬間ではない思考という名の過去や未来や空想の世界の中にいます。その世界に故人とのつながりはありません💧

故人とつながるというのは自分が自分自身に深くつながるということなんです。なぜでしょうか?それは自分が世界を創造しているからです。自分=全てです。

そして自分自身と深くつながることのできるのは今この瞬間に意識がある時だけです。その時、故人と深くつながることができます。

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