視点が変わると苦しい過去が書き換わる

起こった出来事を変えられないなら視点を変える

意識が全てを作っているわけですが、どんなに意図したところで亡くなった人は生き返ることは無いわけで、起こったことは変えることはできません。

ただ一つできることというのは、視点を変えるということなんです。そしてそこに救いがあります。

今の自分の視点から苦しいと感じる出来事そのものを全く違う視点から見ることでその出来事がもう苦しいと感じなくなってしまえば実際に起こった出来事が何も変わっていなくても、自分にとっては過去が変わったことと同じです。

私たちは物事を固定観念から判断してストーリーを組み立てて、良い悪い正しい間違いの判断を下しながら色んな感情を体験しています。だけどストーリーはあくまで人間の固定観念が作った架空の物語です。絶対的な真実ではありません。

ここに気付き、そして死別ですら悲しいことだ、あってはならないことだという固定観念から苦しみが生まれているだけというこの仕組みが腑に落ちることで視点を変える事が出来ます。

全ては自分で意味付けしているだけなのだ、と気付くことで死別を楽に早く乗り越える事ができます。

そして死別だけじゃなく、どんな出来事も視点を変えることで同じように乗り越えることが可能です。

思考の嘘に囚われなくなったり、感情に振り回されなくなったりして行くと視点がだんだん変わって行きます。

こんなふうに辛い事って本当に乗り越えられるんです。

執着が自分を苦しめる

どうしても叶えたかったことが叶わなかったとしても、どうしても欲しいものが手に入らなかったとしても、どうしても会いたい人に会えなかったとしても、その出来事について、「あってはならないこと」「悲劇だ」「間違いだ」というように自分の固定観念から判断を下すことを手放し起こった出来事をあるがまま100%受け入れることができれば、そこに苦しみはありません。

現実に抵抗するから苦しいだけなんです。あってはならない、悲劇だというように現実に抵抗している時が苦しみなんです。

たとえば、競争も負けを認めてレースから降りてしまうと一気に楽になるはずです。競っている間は苦しい練習を続け、そして負けるかもしれない、負けたらどうしようなどという恐怖を感じたりするはずです。でももういいや、やめようと決めたら一気に楽になります。その後負けという現実をどうとらえるかもたんなる固定観念です。それをどう意味付けるかも自由です。負けもOKと認めてしまえばまた楽になります。

このように、どこまでいっても苦しみは実は固定観念から生まれているだけの幻想なんです。

どうしても〇〇したいという強い執着は自分を苦しめます。そしてそのような納得のいかない現実への抵抗を手放して思い通りにならないということ、その思い通りにならない状況それ自体をただ認めて味わうという映画を見るような視点へと移行することが苦しみから逃れる方法です。

そうすると、状況は何も変わってないのに落ち着いてる自分がいるのが分かるはずです。抵抗せずに、思考に入らずにただ感じる感情に身を委ねてみると、すぐに消えて行きます😀

関連記事

台風の目の中に立つ=中立の視点を持つ冬至の日に、並木良和さんのWSにオンラインで参加したのですが、その時台風のような現実の出来事に巻き込まれないということをおっしゃっていたのが印象的でした。台風が起こっている時は台風の目の中に立てばよい[…]