【家族の死の辛い気持ちも実は相対的なものだった!】絶対的でない=真実ではないのです

死別の悲しみですら相対的なものなのです

私たちには沢山の人生のストーリーがあります。そして起こった出来事に様々な解釈をつけて人生に意味を持たせています。

死をどうとらえるかという解釈も、絶対的な真実ではないのでいかようにでも変化することもあるし、また変化させることができます💡

大切な人の死はあるときは地獄のように悲しい事だと感じたり、またある時は自分の魂の成長のために起こった貴重な出来事だと感じたり・・・。反対の解釈が出てきたりします。この思考による解釈というのは比較によって成り立っている相対的なものであって絶対的なものではありません。(▶この比較の仕組みについて詳しくはこちら→【死別の悲しみを昇華させるコツ】比較体験型の世界に隠された秘密★絶対的なものではないということは真実ではないということです。

私は父の死の次に夫の死を経験したのですが、家族の死という体験ですら比較によって経験しているのだという事がはっきりと分かりました。死による悲しみですら絶対的なものでなく相対的なものに過ぎないという事がはっきりと分かった瞬間でした。

まず父が亡くなった時ものすごく悲しかったです。とはいえ父もそれなりに高齢でしたし平均寿命よりは短かったですが、しかし私も良い大人だったのに、それでもこれほど辛い気持ちになるものなのかと実感しました。父の職場の近くを通りかかれば苦しい気持ちになりました。おじいちゃんおばあちゃんと一緒にファミレスで食事している家族を見るとうらやましい気持ちが湧いたり。

しかし、夫が亡くなった時の悲しみは父が亡くなった時の比にならないものでした。おかしな話ですが、夫の死によって父の死の苦しみはほぼ消え去ったんです。

たとえば、とても大事にしていた思い出の品を紛失したとします。それについてがっかりして落ち込んだとしても、次の瞬間に家が火事になって全ての財産が消えてしまったら思い出の品を紛失した苦しみはおそらく感じないはずです。思い出の品どころか全財産が消えてしまったのなら、消えてしまった全財産のことしか考えられないはずです。

あまり良いたとえが浮かびませんでしたが・・・・。人の命に重さはありませんし比較できるものではないとは思いますが、ただ人間である限りは、どんな出来事でも比較でしか体験することはできないんです。そしてそれは間違いではないし、ただそうであるというだけです。

いずれにせよ私が言いたいことは、ある出来事に対して人間がどう感じるかというのは相対的で不確かなものであり、絶対的な真実ではない幻想なのだという事なんです。真実ではない限り幻想なんです。つまり、人間の感情というのは変化し移ろいそして消えて行くようなものなんです。ずっと同じ感情を感じ続けるということはやろうと思ってもできないんです。本当に諸行無常です。そしてその不断の変化を楽しむことが人生ですね😊

思考から自由にならなければ苦しみから自由にはなれない

もしも、夫が亡くなっても、父の死に対して依然として同じだけの苦しみを感じ続けていたのならそれは絶対的な感情であると言えるのかもしれないですが、そんなことはあり得ません。人は比較によって初めて物事を認識し、人生のストーリーを作ることができるわけですから、相対的でない感情なんて在り得ないんです。

悲しいという感情が存在できるのはその反対の状態である楽しいとか幸せという感情があるからです。比較によって相対的に悲しいとか楽しいなどの感情を定義しているに過ぎません。絶対的な悲しみも絶対的な幸せも存在しません。

その絶対的ではない比較という思考による解釈によって初めて私たちは悲しみとか苦しみを経験することが可能になるんです。つまり、思考が真実じゃないんだということに気付くことが無ければ苦しみから自由になることはできません。これが腑に落ちると、自分の人生に起こった悲しいストーリーを距離を置いて俯瞰して見ることができ、苦しくなくなって行くんです。

自分なりの解釈をした悲しいストーリーがあったとしても、それが真実ではない幻想のようなものなのだというところがどこかで腑に落ちていれば、ある意味映画を見るかのようにストーリーがどのような内容の物であったとしても、それをそのままに受け入れられるような感覚になります😊

これは苦しみどっぷりの状態とは明らかに違う状態なんです。現実は何一つ変わっていません。だけど視点が変わるだけで苦しみどっぷりの状態じゃなくなるんです🌈

現実をどうにかこうにか変えたり自分にポジティブシンキングをしようとどれだけ言い聞かせたとしても、視点が変わらなければ苦しみは消えません。逆に言うと視点が変わりさえすれば現実が変わらなくたって今まで通り穏やかで平穏な気持ちで生きることができるんです。

視点の変化というのは人生の体験のし方を一変させるほどのパワフルさを持っています。人生の体験のし方が変わるということは、現実の外形的なものが何も変わっていないとしてもその人にとっては人生が変わるという事です。もう同じ出来事を同じように体験しなくなったのならそれはつまり人生が変わるという事だからです。

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