【私が死別から1年8ヶ月で立ち直るまで】5つの心理過程

目次

私が死別から立ち直った体験を詳しくお話します

私が夫の死別から立ち直るまでについて、心の変化の過程に焦点を当てて書きたいと思います。

今死別で苦しみの真っただ中にいる方、この先どのように立ち直れるのかが一切想像できないという方、いらっしゃると思います。私も同じ道を通りました。私も乗り越えられる気が一切しない将来の希望が一切持てない、そんな状態でした。

それでも死別から1年8ヶ月ほどで乗り越えたと思える境地に達しました。そして死別の苦しみがその後戻って来ることもありませんでした。

悲しみ、寂しさ、会いたい、罪悪感という思いが全く湧いてこないという話ではありません(しかし湧いてくる回数は確実に減って行きますが)。そのような思いが湧いてもそれが苦しくないということなんです。悲しみ=苦しみではないということです。

この体験談を通して乗り越えるまでの道筋のイメージを描き、そして自分も大丈夫なんだという安心感を根底に持つことで生きる力に変えて頂けると思います。

本当に大丈夫です。どれほど深刻に見える現実であっても、それを深刻だと捉えている「思考」があなたの苦しみの原因だからです。

私の死別から立ち直りまでの5つの過程

以下①~⑥が乗り越えるまでの大まかな心理過程です。それぞれの段階を詳しくお話します。

  1. 【ショック期】~希望の光が全く見えない
  2. 【苦悩期】~4つの苦しみが出て来る
  3. 【実践期】~苦しみを乗り越える実践をする
  4. 【停滞期】~苦しみを手放す中で逆に苦しい感情が湧いてくる
  5. 【乗り越え期】~大きな苦しみが消える
  6. 【再生期】~死別後の新しい自分に生まれ変わって生きる

① 【ショック期】~希望の光が全く見えない

自分の外側に幸せを見出して生きて来たことを改めて思い知る

夫とはとても長い付き合いの後に結婚しました。とても強い繋がりを感じる人でした。そしてこれほど一緒にいて落ち着くことができ、心が通じ合える人にはもう2度と会うことは無いだろうと思っていました。

そして、私は夫がいるから幸せだと感じており、自分の外側によって幸せを感じている自分にも気付いていました。

自分の幸せが外側の現実によって左右されているというこの不確定さが私にとっては心地の良くないものではありました。

ただそれをどうすることもできませんでした。だから、自分の外側の世界を心地良い状態に何としてでも守りつつ無難に人生を終えられればいいかな、と思って生きて来たのです。

このように私は外側の現実によって自分の幸せが左右されている状態だったわけですから、私の幸せの源だと思っていた夫が亡くなったことで、その衝撃は強烈でした。

人生においてこれさえあれば幸せだと思えるものを失った時、人は生きる希望を失います。世界の全てが無意味で空しく色を失ったようでした。今まで経験したことのないような、なんともいないほどの悲壮感でいっぱいでした。

そしてこの苦しみをとても乗り越えられる気がしませんでした。あまりにも希望が無さすぎて、未来への一筋の光も見いだせない状態だったからです。残りの人生の全ては私にとっては余生であり、そして何かの罰ゲームであるかのようなそんな風に感じました。まさに悲嘆の中にいました。

② 【苦悩期】~4つの苦しみが出て来る

死別直後の呆然自失状態を抜けて来ると、今度はネガティブな思考が沢山湧いてきました。夫がいない現実に対して、また死別に関する過去に対して、未来に対して、あらゆるネガティブな思考に苦しみました。

悲嘆の感情が実生活のあらゆる面で私を苦しめました。特に私が経験した以下の苦しみを4つご紹介します。そして一般的にも死別を経験する方の多くが経験するものだと思います。これらはグリーフケアの分野では死別反応や、悲嘆反応などと呼ばれ、死別後に多くの方が経験する正常な反応だと言われています。▶死別反応についてはこちら→グリーフケアの総合情報~グリーフケアとは?徹底解説

【1】罪悪感に苦しむ

私は罪悪感が一番苦しかったです。悲しみもそうですが、罪悪感が悲しみに拍車をかけました

こうしていれば病気にならなかったんじゃないか

闘病中にこうしてあげるべきだった

あんな言葉を掛けてあげるべきだった

というようなことが次々と出てきます。日常の風景の中から連想ゲームのように次々と湧いてくるのです。

でももう夫はいないわけですからどうしたってこの過去の事実は変えようがありません。挽回することもできませんから余計に苦しいわけです。

これは恐らく死別を経験した人のほとんどが苦しむ感情ではないでしょうか。

【2】朝起きた時は地獄が始まったと思うほど辛い

死別後はどうにもならない行き場の無い悲しみ、やるせなさ、寂しさが果てしなく湧いてくるのです。掴まるところが無い不安定な場所に放り出されたような、落ち着ける家というものを永遠に失ったようなそんな感覚もありました。

一番苦しかったのは朝起きた時でした。朝起きると「また地獄が始まった」と思うわけです。当時は仕事もしてませんでしたから、経済的な不安も含めて今まで感じたことのないようなとてつもない恐怖と共に目が覚めるわけです。

朝からそんな調子ですからやってられません💦仕事を始めたら始めたで朝はやはり憂鬱でした。朝起きると胸のあたりにズシンと重たい岩があるようなそんな重さとともに目が覚めることが日常になっていました。

なぜそうなるの?

人は過去や未来を考えることによって苦しみが生まれます。だけど寝ている間は過去や未来を思考することはありませんから寝ている間は苦しくありません。

しかしひとたび目が覚めると一気に自分の人生の記憶がダウンロードされて「あぁ、私は死別したんだ」という過去を思い出してストーリーを生き始めます。朝起きた瞬間はその落差があるのでとりわけ大きな重たさを感じます。

【3】子連れの家族を見るのが苦しい

私には娘がいますので、子供を連れている夫婦を見ると苦しいという思いが湧きました。、休日に電車に乗った時などに小さいこどもとお父さんお母さんの家族がいると、その映像によって自分は夫がいないという状態が対比となってより強く夫がいないことを感じるためとても辛かったです。

私たちは生まれてから現在までの人生を通して外の世界から植え付けられてきた観念によって何を見てどう感じるかを条件づけられています。▶この仕組みについての詳しい記事はこちら→カルマの与える影響

これらの観念に気付けるようになると、全ての物事に良い悪い正しい間違いのレッテルを貼っているのは自分であって、本来物事はあるがまま、なんの意味付けもないのだと腑に落ちる時がやって来ます。そうなると家族連れを見てもそこに自分の悲しみを投影させて苦しみを感じることも無くなって行きます。

私自身の経験では、家族連れを見て苦しいという感覚は早い段階で消えて行ったので、比較的手放しやすいものだと感じました。

【4】被害者意識が全開になる

私は死別をしてから世界から分断されたような感覚になりました。もうこの世界を何も楽しめないし、昔のように生きることはできない。完全に切り離されて一人地獄に暮らしているような感覚でした。

世界中の人が敵のようにも感じていました。誰も私の心の痛みを分からないんだ!入って来るなみたいなそんな感じでしょうか。ドーン!と分厚い鉄の要塞を自分の周りに築いているような感じでした。

外の世界の人と関わったら自分が傷つくと思っていました。人が何か私を傷つけようと攻撃してくるわけではなくとも、たとえばちょっとした言葉だったとしても自分の心を矢のように突き刺すこともあったからです。

なぜそうなるの?

これは、自分自身について以下のような思いを抱いていることから引き起こされます。

自分は可哀そう

死別は大変なことだ

誰も自分の気持ちなど分からない

こうしたフィルターを通して自分自身を見てしまっていると、自分は守ってあげなければならない弱く可哀そうな存在だという観念が生まれ、それが被害者意識となっています。そしてその意識が自分の外側の世界に投影されます。

自分の外側に世界はいつだって自分自身の内面の反映でしかないのです。

外の世界を見た時に色眼鏡を通してみてしまうため、他人の親切をそのまま素直に受け取れなかったり、イライラしてしまったりすることもありますが、一方で実際に自分自身を攻撃してくる人に遭遇したりして自分が被害者と感じるような現実を実際に創り出しやすいということもあります。

ただでさえ苦しい時期に、追い打ちをかけるように被害者意識を強めるような経験をするというケースも実際にあります。▶この仕組みについて詳しくはこちら→【超重要!現実を創造する2つの法則】死別の苦しみは自分が作り出していた!?

③ 【実践期】苦しみを乗り越える実践をする

死別後に何とかこの死別による苦しみを乗り越える方法は無いかと模索を続けていたところ、死別後半年ちょっと経った頃に次の2つを知ったことが死別を乗り越える大きなきっかけとなりました。

苦しみ(ネガティブな感情への抵抗)は手放すことができる

思考は事実じゃない

なぜこの2つが重要なのか?
苦しみというのはネガティブな感情へ抵抗することから生まれます。悲しみそれ自体は苦しみではありませんが、悲しみを感じまいと抵抗したり抑え込もうとしたり逃げようとすることで苦しみとなります。ですがそのまま悲しみを解放してあげると苦しみが軽減されて行きます。この解放を促すことが手放しです。つまり、悲しみなどのネガティブな感情への抵抗を手放すということです。そして、苦しみ(ネガティブな感情への抵抗)が起こる理由は思考による解釈です。思考はこれは良い、これは悪いというジャッジをしています。このため、苦しみの根本原因は思考を信じることです。その思考自体も良い悪いはありませんが、苦しみから自由になるためにはこの思考が事実ではないということを腑に落とす必要があります。そして、苦しみを手放して行くと思考が事実ではないことを腑に落とすことができます。

私が実践したこと

苦しみを手放す方法が色々と存在することを知り、私は手放しのワーク(▶詳しくはこちら)を行いました。

このような苦しみを手放すワークや方法は沢山あります。ワークが重要なのではなく、どんな形であれ抑え込まれた感情を解放して行くことが重要です。

また同時に、思考は勝手に湧いてくるだけでそれは事実じゃない、信じる必要がないということを知り、ネガティブな思考が湧いてもそれを信じて掘り下げるのではなく放っておくように心がけました。▶詳しくはこちら→【死別の悲しみの原因は思考です!】悲しみのメカニズムを徹底解説

このようなネガティブな感情の手放しのワークであったり、思考が事実ではないということについてすぐにピンとくるものがあり、必ず死別に関するこの苦しみは乗り越えられるんだと確信し、真剣に実践しました

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これは実践が本当に大事です。この話を聞いたり読んで頭で納得するだけでは当たり前ですが楽にはなりません。自分が実践しなければ腑に落とすこともできないので、とにかく実践あるのみだと痛感しています。

感情解放の重要性

私が行っていた手放しのワークは感情解放です。感情を抑圧せずに感情があることを認めて手放すことが、死別を乗り越える上では欠かせないと言えると思います。

悲しみや寂しさや罪悪感など自分の持っている感情から目を背けたり蓋をすると余計に苦しみとなります。どんな感情も否定せずに優しく認めてあげることが大切です。そうすることでカタルシス(浄化)が起こります。

感情解放のやり方は様々ですが、手放しのワークは一人でどんな時でも行う事ができるのでお勧めです。

医師キューブラーロスも推奨していた感情解放グリーフケア・終末期医療の分野で世界的に有名な医師エリザベス・キューブラーロスは、死別の苦しみを乗り越えるためのワークショップを頻繁に開催していました。このワークショップの中で同じような経験をした仲間たちと心の内をさらけ出し共有し、そして電話帳をゴムホースで叩きながら胸の内を全部吐き出すというやり方で感情解放を促していました。(「生命尽くして 生と死のワークショップ」エリザベス・キューブラーロス著)

キューブラーロスは、死を受け入れるまでの5段階を提唱していますが、最終段階を「受容」としています。そしてこの受容をいち早く可能にするための手段が感情解放です。

この受容の段階というのは、死別も、死別によって生まれる感情も、そして自分の故人に対する関係性も、どんな美しいものも醜いものもあるがままを受容できる段階のことです。

臭いものに蓋をして人生や物事のきれいな面だけを受け入れるのではなく、醜いと感じる部分さえもその存在をただ認めるというところがポイントです。

どんな感情も思考もあなたが湧かせようと思って湧いているわけではなく、勝手に湧いてくるものです。良い悪いもありません。あなたが出来る事はそれらの存在を否定するのではなく、ただ事実としてそこにある感情や思考を認めてあげるということです。

▶その他、当時の日常の過ごし方についてはこちら→【死別を乗り越えた時の私の過ごし方】小さな事を積み重ねるだけ☆

④ 【停滞期】手放しのワークを行う中で逆に苦しい感情も湧いてくる

手放しているのに苦しい!?

苦しみに真正面からぶつかり、そして乗り越えて行くという決心をして実践していく過程で誰しも必ずと言っていいほど辛い時期があります。これは避けては通れない道と言えるかもしれません。この停滞期にもくじけずに乗り越えるための実践を続けて行くことが大切です。

私はネガティブな感情を手放していく中で苦しいことが沢山ありました。3歩進んで2歩下がる、と言う具合で楽になったり苦しくなったりを繰り返しながら進んで行きました。時には振り出しに戻ったように感じることだってありました。

ネガティブな感情は何層にもなって貯まっています。ひとたび手放すと決めるとどんどん手放されていなかったしまい込んでいた感情が沢山上がって来ます。手放してるのに苦しいという時期があります。

いらないものを沢山しまい込んでいた押入れを大掃除するのと同じような感じです。掃除をしよう!と決めて押入れを開けていらないものを出して行くと余計に部屋が散らかった状態になります。だけどこれをしっかり片づけて行けばすっきり綺麗な状態になるわけです。

グリーフケアの分野で著名なアメリカの臨床心理学者で、自身も息子を若くして亡くしているキャサリン・サンダーズは著書「家族を亡くしたあなたに」中で次のように述べています。

「悲しみを「受動的に」やり過ごすことはできません。自分たちの方から進んで参加して行かなければならないのです。」

「悲しみを通り抜けて向こう側に出るためには、悲しみに真正面からぶつからなくてはなりません。それ以外に方法はないのです。」

私自身も実際の経験からその通りだと感じています。私が早く死別の苦しみを乗り越えることができたのは、死別による苦しみに真正面から向き合い、手放しの実践などできることは何でも行ってきたからだと感じます。

諦めずに続けることが大切

でも必ず手放して行くと必ず楽になって行くのでここで止めずに続けることが大切です。私も苦しい時が何度もありましたが、あきらめずに手放しを続けました。そして慣れて来ると淡々と進めることが可能です。

また、苦しい時ほど諸行無常なのだという事を思い出してほしいと思います。この世界のものは全て何一つ永遠に同じ状態に留まり続けることは決してありません。常に変化し続けています。どれほどの苦しみの中にいたとしても、逆にそれを永続させること自体が不可能なのです。必ず変化していくので大丈夫です。

乗り越えて行くという方向に意識を向けるという事さえしておけば自然とそこに向って行きます。

⑤ 【乗り越え期】大きな苦しみが消える

湧いてくる思考が嘘だという事が腑に落ちる

手放しを続けていくと、全ての物事はただあるがままであるのに、そこに良い悪い正しい間違いのジャッジをしながら意味付けをしているのは人間なんだという事が腑に落ちました。人間の思考というのは単なる固定観念から来る解釈であって事実はないと気付きました。

思考は感情の意味付けをいつもしています。そしてそれは事実ではありません。例えばモヤモヤする感覚が湧いてきたら、これを怒りだという風に思考で意味付けして、その怒りの理由を一瞬で立ち上げるという具合です。

事実は、モヤモヤするようなその感覚があるというだけであり、思考が意味付けする以前のあるがままのものです。その感覚をどう解釈するかは十人十色であり、その解釈はどこまでいっても事実そのものではありません

視点が変わると世界が変わる、現実が変わる

自分の今の感情が次の現実を創り出す

そしてさらに自分が持っている様々な感情が次の現実を創り出していることも良く分かりました。死別による苦しみの感情を常に感じていると、その感情が次の現実を作るのでまた苦しい状況を作り出すなんていう事が起こったりします。これを心理学では投影と言います。

苦しいという感情を強く握っていつも感じていると、その苦しいという感情をまた体験するような現実が起こったりするのです。

私自身、死別後は何かと辛いとか、嫌だと感じるような現実や怒りを感じるような現実を沢山創り出して体験していました。そのような沢山の感情を抱えていたからです。だけど手放して行ったらそのような現実は自然と消えて行きました。出会う人が変化して行きました。

そして愛や感謝の気持ちが湧いてくるような現実を前よりも沢山創り出すようになりました。自分自身が気付いていなかったことに感謝できるようになるというのももちろんそうですが、体験する現実も変わって行ったり、または同じ体験の中に今まで感じなかった幸せを感じたりできるようになったりもします。

いずれにせよ自分自身が自分の体験する現実を創り出しているという事が良く分かりました。▶この仕組みについて詳しくはこちら→【超重要!現実を創造する2つの法則】死別の苦しみは自分が作り出していた!?

現実は意味の無い偶然の連続ではない

これらの全体の仕組みを理解するとグンと視点が上り、現実が生きやすいものになります。現実がただ意味のない偶然の重なりだけでできている危険な場所だという感覚ではなくなり、自分自身の内面が外の世界を創り出していると分かるからです。

この視点の転換という事だけでネガティブな感情の解放が起こります。

グリーフカウンセリングの中でもこの視点の転換を促す話をさせて頂くのですが、そうすると気付きであったり凝り固まった心が緩むという体験を皆さんされています。この感覚がきっかけとなって苦しみが手放されていくことが起こります。▶グリーフカウンセリングはこちら→死別の悲しみを溶かす☆miniグリーフカウンセリング(Zoom)

死別の苦しみからの解放

思考が事実じゃないと腑に落ちると視点が変わる

そして私はこのように苦しみを手放して行くことで思考が事実じゃないということが腑に落ち、大きな視点の転換が起こり、最初に挙げた朝起きた時の重たさや、被害者意識など様々な苦しみが消えて行きました。

全ての苦しみの根本は思考だったからです。現実に自分で意味付けをして自分で苦しんでいたことが分かりました。

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死別の体験すら選んで体験していたと気付く

そして私は今この死別というステージに選んで進んでいるんだという感覚もありました。そしてこの夫がいないという感覚ですらどこか尊いものというか、あぁこの感覚を実は感じたくてこのステージを選んで進んできたんだとすら感じます。

このため、死別直後に泣いていた自分の姿が映像でぱっと頭の中に浮かび、それがまるでステージのセットのように感じました。そこに私という演者がドッキリを仕掛けられて泣いているだけだったんだと感じたのです。

このような死別という経験に対して新しい自分なりの意味を見出す事ができるようになります。これは考えて意味を見つけるというのではなく、むしろ思考から離れていくことによって自然と自分にとっての死別の意味が分かって来るという感じです。

まずは思考から離れる、そうすると後で気付きがやってくるという順番です。

もう深刻な苦しみが戻って来ることは無くなる

こうなってしまうと死別の深刻な苦しみという感情はもう湧いてくることはありません。一度そのからくりが腑に落ちてしまうともう戻れないからです。

宇宙船に乗って宇宙から地球を見た時に地球が丸いということを知ったなら、地球に戻ってきた後に地球が丸いかどうかを直接今見ることができなかったとしても地球は丸くないを思うことはできないように。

【再生期】~死別後の新しい自分に生まれ変わって生きる

他の人の気持ちや立場が理解でき許せるようになる

全ては自分で選んだ体験だということ、現実は全て自分が創り出しているということ、また思考が真実でないことなどが腑に落ちて、自分の視点が変わってしまうと、自分以外の他の人も全て、かつての自分と同じ生き方をただしていただけなんだと気付きます。

そして誰かに怒りを感じた事があったとしても、その人もそうするしかなかったのだというところが腑に落ち、許しの気持ちが自然と出てきます。

現実は自分が作り出していると腑に落ちると必ずある程度このように感じられるようになります。もし全く感じないのであれば、まだ現実は自分が創り出していると腑に落ちていない段階にあるということになります。

全ての自分の現実の原因は自分の内側にあると気付く

また同時に、自分が創り出している現実ですから、出会う人の反応も全て自分が創り出しているとわかります。誰かに嫌な事を言われたとしたら、その嫌なことを言われた時に感じる感情をもともと自分が持っていたからそのような現実が作り出されたということです。

だから全部相手ではなく自分の内側に原因があるという事です。自業自得だとか自分が悪いという意味ではありません。ただ自分の持ってる感情がそのような現実を再び創り出したというだけなのです。(▶この仕組みについて詳しくはこちら→【超重要!現実を創造する2つの法則】死別の苦しみは自分が作り出していた!?)そこに良い悪いという意味はありません。

そうなってくるともう誰かを恨むという事が意味の無いことだと感じるので本気で誰かを恨むということができなくなります。

だから外の世界ではなく常に自分の内側にしっかり向き合おうとするようになりました。

外の世界をどうにか上手にコントロールして生き抜かなければ!というような姿勢ではなく、自分の内側を常に整えて行くだけでいいのだというシンプルな生き方に変わったのです。

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人生の意味とは?

なぜ大切な人と死別しなければならなかったのだろう?私はその答えは一人一人が人生の経験を通して見つけて行くものだと思っています。人生をどのように解釈して生きようと自由だから、自分にとって最高のストーリーを人生の中に見出せれば良いのだと思います。

私たちは生きる上で全ての物事を思考で解釈しながらこの世界を生きており、究極的にはその解釈は事実ではありません。科学ですら意味付けということになります。事実はいつだって解釈の前に既にそこにあります。それをどうとらえるか、解釈するかは自由です。

🐤が目の前に現れた時、「鳥」と解釈する前に既に🐤は🐤として目の前にあります。それを「犬」と名付けようが「猫」と名付けようが、事実としての🐤は何も変わらずそのままあります。

この事実をいつの間にか忘れて私たちは思考の解釈するフィルターが事実だと勘違いしてしまっています

解釈は本当は自由です。そして、大切な人との別れの意味は、一番自分がしっくりきて広がりや穏やかさを感じるものがその人自身の答えです。そしてそれは人生の様々な経験の中である時ふと気付くというようなものだと思います。

その時が死別を乗り越えた時であり、グリーフワークが完了した時だと言えると思います。

目の前の現実を大切に生きる

死別を経験すると、何が自分にとって大切だったのかを目が覚めるような思いで気付きそしてなぜ今頃気付くのだ、時すでに遅しと感じるかもしれません。

日常の些細なことであったり、未来の夢や目標ばかりに気を取られ、自分の近くにいる大切な人の笑顔こそがどれほど尊いものだったのかを忘れて生きていた自分に気付くかもしれません。

私はそうでした。

だからこそ、死別を経験した後は、今目の前の現実を、今身近にいる人と共に大切にただ生きるということの尊さをかみしめています。

miniグリーフ・カウンセリングでは、簡単なワークも取り入れ、苦しみを手放し皆さんの内側の気付きを促し、視点を転換させて死別を早く軽やかに乗り越えるお手伝いをしています。心の軽さと視点の変化をその場で体感したい方はぜひお試し下さい!miniグリーフ・カウンセリング 詳しくはこちら